リーガルボイス-9弁護士は依頼者のためなら嘘をつく?

弁護士は依頼者のためなら嘘をつく?

弁護士の2つの義務─真実義務と誠実義務

 「先生、実は今まで言ってなかったのですが…」と、依頼者が事件について重要なことを暴露した場合、弁護士は悩みます。相談の段階や受任の初期段階ならまだよいのですが、事件も終盤にさしかかっているときの暴露は、内容によってはすごく悩みます。
 弁護士として誤った情報を前提に事件処理を行っていることになるため、軌道修正も容易ではありませんし、聞かなかったことにすると、弁護士が嘘をついていることになります。依頼者が自分にとって不利益な事実を隠していたと告白してきたら、弁護士はどう対応すればよいのか。
 真実を明らかにする真実義務と依頼者の利益を守る誠実義務。弁護士の2つの義務が衝突した場合はどうすべきか。その対応について私の考え方を述べます。

真実義務とは

 弁護士の真実義務は、真実に反すると知った場合、そのような主張・立証を行わない義務をいいます。
 例えば「本当は架空の話だけど、証拠もねつ造してきたから、弁護士さん、ひとつ知恵を貸してくれ」という依頼者の要望には当然、応じてはいけません。
 他方で、真実に反するかもしれない、もしかしたら間違っているかもしれない、と思いつつ主張・立証することは許されます。それが許されなければ、弁護士は敗訴するごとに真実義務を違反したことになってしまうからです。その結果、弁護士は真実義務の違反をおそれるあまり、依頼者との信頼関係を築くことが不可能となってしまいます。

誠実義務とは

 弁護士の誠実義務は、依頼者に不利益な結果を生じさせない義務をいいます。
 それには弁護士は、誠実義務を尽くすため、できるだけ依頼者から有利な事実及び証拠を収集しなければなりません。また紛争の相手方が主張・立証をすると予想される、不利になり得る事実・証拠について、先まわりしてフォローしておく必要があります。
 依頼者にとって有利な主張・証拠を漏らすのは、弁護士として論外ですが、不利になり得る事実・証拠のフォローができない弁護士もだめです。
 ネガティブなことを話すのは好きでないのですが、嫌なことをごまかすのは私の性分に合わないので、あえて話します。

私のほろ苦い経験

 守秘義務に反しない限度で、私のほろ苦い経験を紹介します。それは、破産状態になった経緯が難解で、裁判所への提出書類の収集・作成に苦慮し、初回の相談から10回以上の打ち合わせを重ねて、ようやく申立てができるところまできた事案でした。
 提出書類も99%そろい「さあ、申立て!」という最後の打ち合わせのときに、依頼者から「怒られると思って今まで黙っていたのですが、実は、○○○なんです」と重要な事実を打ち明けられました。
 私は、悩みました。受任の初期段階から把握すべきことでした。判断を誤ると免責不許可(借金の支払義務が残ってしまうこと)となるおそれがあります。「聞かなかったことすれば…」という悪魔のささやきがよぎりましたが、私は正直に打ち明けてくれた依頼者の意思を尊重し、免責不許可になって依頼者に恨まれても仕方ないと考え、正直に裁判所に申告することにしました。その結果、無事に免責許可決定が出て、依頼者も喜んでいました。
 省みて私は、依頼者に対して、リスクばかりを説明し、不利な事実を言いにくい雰囲気をつくっていたと思います。もっと依頼者に“寄り添い”接するべきでした。弁護士としての職責を問われないように、リスクばかりを説明した結果、依頼者から信頼されず、逆に弁護士としての職責を問われるような事態となっては、本末転倒です。
 弁護士になって間もないころの、私のほろ苦い経験です。

真実義務と誠実義務のはざまで

 私は弁護士として、真実義務に反しない限度で誠実義務を最大限尽くすことを意識しています。そして多くの弁護士が「真実義務に反するおそれがある」として尻込みするような依頼者の要望にできるだけ応え、誠実義務を尽くすように努力しています。
 そのため、依頼者に不利な事実や証拠をできるだけ多く明らかにしてもらうようにしています。換言すれば、依頼者が「この弁護士なら不利なことを言っても真剣に考えてくれそうだだから、正直に話そう」と思えるような信頼関係を築けるように心がけています。
私は弁護士になって、個別の案件処理で、後悔をしたことは一度もありませんが、反省することは多々あります。