リーガルボイス-12 法改正で残業代が増える??

法改正で残業代が増える??

残業代の請求は難しい?

 現在、残業代を含む賃金等の請求権の消滅時効は、法律で2年と決まっています(労働基準法115条)。これは、過去2年分しか請求できないという意味ですが、イメージが掴みにくいかもしれませんね。そこで残業代が過去2年間1円も支払われていない職場を想定して説明しましょう。

 時給1,250円で1月あたり平均50時間の残業を2年間したとすると、残業代は6万2,500円×24か月で150万円です(のちほど説明する遅延損害金は含みません)。これを回収するとなると、弁護士費用、立証できるか否か、回収リスク等を考慮すれば、弁護士に依頼して良いよいものか、躊躇する人もいるかもしれません。

法改正が施行されるとどうなる?

 厚生労働省は1か月ほど前、残業代を含む賃金等の消滅時効を2年から5年に延長するべきとする検討会での提言をまとめると発表しました。これは、労働者にとっては有利な内容、使用者(残業代を法律に従い支払っているのに、労働者から請求される立場の使用者を想定)にとっては耳が痛い内容かもしれません。

 先ほどの2年で150万円の例を5年にするとどうなるか。数式では150万円×2.5倍=375万円となりますが、実際は、数式どおりには終わらない場合があります。

 退職後1年で裁判所の手続が終わる事例を想定します。この場合、労働者が在職している時は年6%、退職後は14.6%の遅延損害金が生じるため、375万円に約110万円の遅延損害金が乗っかり、約485万円となります。さらに、使用者が悪質であると裁判所が判断した場合、付加金といって、未払残業代と同額のペナルティーを使用者に課し支払わせる制度があります(労働基準法114条)。付加金もつけば、なんと1000万円コースです。恐ろしい数字です。

労働者の立場から

 これを労働者の立場と使用者の立場でみてみます。まずは労働者の立場から。
 法改正が実現すると、従来は泣き寝入りしていた労働者が、未払残業代を使用者に請求する事例が爆発的に増えることが予測されます。
 しかし、理論上請求できる金額が増えても、5年前まで遡ることにより(より過去の事実なので)立証のハードルが上がり、全額回収することはさらに難しくなります。

 各労働者の個別の事情があるので一概には言えませんが、一般論としては、残業代の未払が恒常化しているのに、5年以上の長い期間が経過するまで何の手立てもしないというのは、労働者の立場としては得策ではありません。
 時効が延長されることにより、証拠を保全する必要性はより高くなるので、早い段階で手立てを打つことが重要です。とにかく、お早めに弁護士に相談することです。(リーガルボイス-4 弁護士は正義の味方? ご参照)

使用者の立場から

 では、使用者はどうか。先ほど述べたとおり、残業代をきっちりと支払っている使用者も含めて、時効の延長は紛争リスクが増大するため、耳の痛い話になるかもしれません。

 私が法律顧問契約を結んでいる企業様は、就業規則が整備され、残業代の支払について安定的な運用をしている企業様ばかりですが、それでもいま一度、残業代にまつわる紛争リスクがないかどうか、詳細にわたり順次検証させていただいています。顧問弁護士の使命と考えています。

 法改正が実現すれば、残業代の未払が恒常化している企業こそ、苦境に立たされます。法改正は、法律を守っている企業(正直者)が、法律を破っている企業よりも優位に立つチャンスでもあります。残業代についてのご相談を受けるとき、私はそのように説明しています。

 「『正直者がバカを見る』、そんな世の中を少しでも変えたい!」というのが、私が弁護士を目指した大きな動機のひとつですが、その話は別の項に譲り、今回は、法改正と残業代についての私の考えを述べました。